秋葉原とゲン・エステート ~変化する街に合わせて、様々な需要を探る~ 【インタビューVol.3】業務の拠点を秋葉原に構えているゲン・エステート株式会社。秋葉原を選んだ理由についてお聞きしました。また、これまでの時代の移り変わりを背景に、不動産需要はどのように変化したのかについてうかがいました。

ゲン・エステート株式会社は、主に秋葉原で不動産管理を行っていますが、もともと秋葉原で始められた時期と、そのきっかけを教えてください。

平成18年3月に池袋から引っ越してきましたので、秋葉原に移ってから、もう10年以上になります。最初は秋葉原で仕事をするとは、考えていませんでしたが、池袋より南側の物件が増えてきたため、東京の中心に近い場所に移転したいと思って物件を探していました。そんな時、たまたま新築のマンションが秋葉原にありましたので、とりあえず見てみようということになったのです。
現地に足を運んでみると、仕事をするには、とても良い環境であることが分かりました。地理的には神田と秋葉原の中間に位置していて、淡路町や新御茶ノ水も近い。交通の便がとても良く、駅から徒歩7分という物件でした。色々な路線が使えるので、ここなら良いかなと思って決めました。

秋葉原に移って何か変化はありましたか?

もともと秋葉原の街には発展する可能性があると思っていました。かつては電気街のイメージでしたが、その後、アニメやメイドカフェが盛んになって街が大きく変化し、人がどんどん集まるようになっていたからです。秋葉原に住みたいと思っている若い人も多く、オタクの聖地として街が盛り上がっていたので、部屋を紹介する不動産の仕事にはぴったりでした。

若い人たちが集まって、不動産業も順調に伸びていったのですか。

そうですね。首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスが2005年に開通して、つくば駅と秋葉原を結ぶようになってから、さらに人が集まるようになりました。当社でも趣味を持った人が集まるシェアハウスの物件を扱うなど、色々な仕掛けを考えていました。ところが、そんなときに起きたのがあの通り魔事件でした。あまりにも衝撃的な事件だったこともあり、残念ながら、秋葉原は治安が悪いというイメージがついてしまったのです。

それでも秋葉原を離れずに現在の場所に移られたのですね。

一時は移転も考えましたが、いずれ状況が変わり、きっとまた人も戻ってくると思ったからです。平成24年8月には、丁度良いタイミングで現在の物件が売りに出されているのを見つけました。同じ秋葉原ですが、こちらのほうが大通りに面していましたし、柳森神社が斜向かいにあって、神田祭があると、目の前が人の集まる寄り合い所になっていたので、これは良い物件だと思って決めました。

今後の秋葉原はどのように変わっていくと思いますか?

今、秋葉原ではホテル事業がいちばん伸びています。これまではインド系と中国系の人々がほとんどでしたが、最近は欧米人も増えてきて、外国人の需要を見込んで次々とホテルが建設されています。
賃貸需要はあまり変化がありませんが、売買は伸びています。日本の不動産は海外と比較すると安価です。バブルが弾けたことやリーマンショックの後で不動産がとても安くなった時期がありましたが、逆に今はどんどん上がってしまい、最近では日本の不動産も高くなってしまったというのが、日本人の評価です。ところが、海外の富裕層からすると、まだまだ日本の不動産は安いという認識なのです。今はまたオリンピックで注目されるようになっていますので、さらに上がってくるかもしれません。
昔、こちらに移ってきたころは、秋葉原というと駅に昭和っぽい雰囲気のアキハバラデパートがあって、よくご飯を食べに行ったものですが、それも今はなく、街は様変わりしました。オリンピックを控え、外国人から人気の高い秋葉原の街は、まだこれからも変化していくのではないかと思っています。当社も地の利を活かして、どんどん良い物件を扱っていきたいですね。
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